代表 加藤のプロフィール以上のかなり突っ込んだ「生い立ち」

IMG_0348

ここでは、プロフィールだけでは語り尽くせないような部分、
かなり突っ込んだ「生い立ち」の部分までお話ししようと思います。

私、加藤の人となりにご興味をお持ちくださった方はお読みいただけると嬉しいです。

かなりの長文になると思いますので、覚悟して読んで下さいね(笑)

加藤のプロフィール

・1971年5月生まれ
・奈良県出身、在住
・身長 163センチ
・血液型 B型
・星座 おうし座
・座右の銘 克己(己に克つ・・・自分に厳しくすること)※卒業高校の校訓でした
・家族 嫁さんと3人の息子たち(長男はもう中学生です)
・趣味 車大好き、くるま馬鹿
・スポーツ スノーボード
・特技 ドラムが叩けます。(高校時代はバンドにはまってました。)

実感なかったけど、そこそこ貧乏だった子供時代

私は奈良県の田舎町で生まれ育ちました。
周りは山ばっかりで、町内には娯楽施設とか何にもありません。

コンビニもなく、夜中にコンビニに行こうと思えば、
隣町まで行かなければなりませんでした。(これは現在も同じです)

結婚して、奈良県の真ん中あたりの「市」に引っ越しましたが、
天国のようでしたね^^

で、私はそんな田舎町で母子家庭に育ちました。
今では単親家庭とか言うらしいですが、
本人は母子家庭と言われても、気になったことなんて全くありませんでしたけどね。

母は私が1歳くらいのときに、
離婚して実家に帰ってきました。

私には父親の記憶はまったくありませんし、
顔も知りません。

「父親」と言う存在自体、無いような気がします。

高校ぐらいのときに、
父親にあってみるかと、母に言われましたが、

余計なしがらみが増えるのがめんどくさくて、
拒否しました^^

よくドラマなんかで、父親に会ってどうのこうの・・・
みたいなエピソードがありますが、
私には何で、そんなメンドクサイことするのか理解出来ませんでした。

とは言っても、母が実家に帰った当時は、
幸い祖父が健在でしたので、私の父親代わりをしてくれました。

たこ揚げも、
竹馬も、
自転車も、

祖父に教えてもらいました。

昔ながらの頑固じじいで、
周りの大人たちには恐れられていたようですが、

孫の私にはとてもやさしい「おじいちゃん」でした。

しかし、その祖父も、私が小学校5年生の時に亡くなりました。

人生で初めて経験する身近な「人の死」というものでしたので、
あの時は、悲しいというよりも、

祖父の存在がなくなってしまうということが、
なんか不思議で、なんか実感がわかなかったのを覚えています。

サラリーマンを辞めた、本当の理由

なぜ、サラリーマンをやめたのか?
お話ししますね。

学校を出て、就職してからは、
ずっと接客業に携わってきました。

28歳のときに結婚し、その後3人の息子にも恵まれました。

嫁さんは看護師をしておりまして、
ずっと、共働きでした。

せっかく、誰でもが出来るわけではない、
特別な資格と技術を必要とする職業についている嫁さんには、
仕事を続けてほしいと思っていました。

でも、そのうち歪みが生まれてきました。

お互いの親が遠方であるため、
みんながよくやっている、

「じいちゃん、ばあちゃんに、子供のめんどうを看てもらう」
ということが出来ませんでした。

独身の方には分からないかもしれませんが、
夫婦だけで子供3人を育てるって、
結構大変なんです。

子供も多くなるほどお金がかかりますよね。

でも父親ひとりの収入だけだと、
今のご時世、なかなか厳しかったりします。

その上、私は
「店長」という立場になってしまい、
休日も返上して仕事に出て、

たまの休みで家族で過ごしていても、
トラブルがあればすぐに携帯が鳴りました。

仕事が終わって、家に帰るのは、
毎日、真夜中でした。

接客業ですから、当然、土日・祝日の休みはなく、
家族ともすれ違いばかりです。

嫁さんは、土日祝日休みにしてもらい、
日勤専従にしてもらっていたので、

仕事から帰ってからも、休日も、
子供のめんどうは、嫁さん1人で看ることになります。

3番目の息子が生まれて、
嫁さんが仕事に復帰して、少ししたころから、
毎日喧嘩が絶えなくなってきました。

もう、言わなくてもわかりますね^^

そのうち嫁さんの我慢が限界を超えてしまいました。

私が仕事を辞めるか、
離婚をするか、
どちらかひとつだ、という話になってしまいました。

休日返上で、夜中まで働いても、
給料は嫁さんの方が良かったですからね~
まあ、当然といえば、当然の話です。

でもね、私としては、

自分の時間を削ってまで働いているのも、
少しでも家族にいい暮らしをさせてやりたいという、

ただ、それだけだったんですけどね・・・

切なかったです。

また、男とはバカな生き物で、
「メンツ」とか「世間体」とかいう一銭にもならないようなものにも、
しがみつこうとします。

なかなか結論は出ませんでした。

歳も30代中頃でしたしね。

毎日のように喧嘩しながら、
半年位して、私は会社に辞表を出しました。

最後の最後は、
とにかく人生を後悔しない結論を出そう!
と決心したんです。

そして、もし、いま自分が、余命1年だと宣告されたら、
仕事と家族のどちらをとるだろうか?

と自問自答しました。

答えは簡単ですよね♪

会社、辞めました♪

会社を辞めてから、ネットビジネスとの出会い

新しい仕事を決めてから、
辞表を出せばよかったんですが、
疲れてたんですね・・・

少し、休養をとりたいと思ったんです。

1ヶ月ほど、ゆっくりしてから、失業手当が出ている間には、
前よりもう少し、時間的に余裕のある会社に再就職しようと思っていました。

甘かったです。

2008年、
私が会社を辞めてすぐに、
例の「リーマンショック」というやつになってしまったんです。

就職先なんかあるわけがありません。

でも、嫁さんは、
30代後半の旦那に、会社を辞めろというような強い女です!

こんなことでたじろぐはずもありません^^

「ま~、ぼちぼち探したらええやん。」

とあっけらかんとしていました^^
まあ、おかげで私も焦らずに済んだんですが・・・。

かといって、嫁さんの給料だけで、
今までの生活を維持していくのも難しい。

私も「メンツ」「体面」は捨てましたが、
プライドまでは捨てたわけではありません、

こんなことで、
「主夫です~」なんて言ってる場合じゃない!!
と思いました。

このころは、
あまり友達に会いたくない気分でしたね。

「最近仕事どお?」

「今何してんの?」

とか言う質問に怯えていたように思います。

心無い友人は
「ヒモやってんのか?」
などと言う者もいました。

本人はなんとも思わずに言ったんでしょうが、
私はすごくヘコみましたね。

でも、いい仕事はなかなか見つかりません。

それもそのはずですね。

嫁さんと家事を分担して、
子供3人の子育ても分担して、
共働き・・・

親を頼らずに自分たちだけで、
これをやるのは結構至難の業です。

第一、そんなことが出来るほど、
都合のいい勤務時間の仕事が簡単に見つかるわけがありません。

当たり前です。

かといって、このままでは、破綻です。

そうするうちに、
私は、就職せずに、自分の力で稼いで行く方法はないものか?
と、考えるようになりました。

インターネットビジネスとの出会いです。

そこで、ネットで検索してみると・・・

あるはあるは、いろんな稼ぎ方が!

しかも、か~んたんに稼げるような話が、
いっぱいあるじゃありませんか!!

わたしはすぐに跳びつきました。

・・・バカでした。

詐欺的な情報商材を、
10万円分くらい買いあさりました。

おかげで、へそくりを使い果たしてしまいました^^

でも、ネットビジネスを諦めることはしませんでした。

「家に居ながら稼いで、あいつらの年収を追い越したる!!!」
「しんどい思いをしながら働いているあいつらを、涼しい顔してブッチギったる!!!」

そんなハングリーな気持ちもあったように思います。

「きっと、まともな方法があるはずや」
と探し続けました。

そんなときに、
PPCという検索エンジンに表示される広告を使って商品を売る、
「PPCアフィリエイト」というものがあるということを知り、

今は販売終了となった、
物販PPCアフィリエイトの優良教材にめぐり合うのです。

これは、良い教材でした。

おかげで、
最初は500円くらいだったと思いますが、
1週間ほどで初報酬を手にすることが出来ました。

「この方法は稼げる!」

この時、強く確信したのを覚えています。

その後、
まずは物販を扱うPPCアフィリエイトを中心に実践し、

数ヶ月で情報商材を扱うPPCアフィリエイトに転向しました。

そして、1年と少し、報酬は500万を越えました。

再びの収入ゼロから再起、販売者デビュー

やっと胸を張って外を歩けるようになった矢先に、
Yahoo!さんの審査が怪しくなって来ました。

そのうち、「アカウント停止」が頻発するようになり、
再取得も出来なくなってしまいます。

「情報商材PPCアフィリエイトの終焉」です。

せっかくネットビジネスで稼ぐことが出来るようになったにもかかわらず、
また、収入ゼロになってしまいました。

しかし、そんなことではヘコタレませんでした。

失敗もしましたが、サイトアフィリエイトで稼ぐことが出来るようになり、

販売者として
オリジナルのアフィリエイト・ツールをリリースすることも出来ました。

お陰様で、
デビュー作の「【商品選定補助ツール】A-HACHI Search」は
infotopの総合ランキングで3位を取ることが出来るほど、
皆様にお買い上げいただきました。

本当にありがとうございます!!

販売開始月は月収100万を優に超える事が出来ました。

現在では、
ネットビジネスを通して身につけた、
インターネット・マーケティングのスキルを生かして、

リアルビジネスのコンサルティングもさせていただくことが出来るようになりました。

友人にも
「ソフトウェアの制作・販売とかインターネットを使った集客のコンサルとかしてるねん!」
と、胸を張って言えるようになりました。

私のような、資本も人脈も無い一個人が、
ごく少ない初期投資で起業出来るのが、
インターネットビジネスの最大のメリットです。

今の世の中、
会社に所属して日々働いている方も
それだけで安心は出来ませんよね。

リストラされる方、勤めていた会社が倒産する方、
サラリーマンも安定しているとは言えなくなりました。

将来や、今の状況に不安を感じている方で、
自分でお金を稼ぐ力を身につけたいという方も
少なくないと思います。

そんな方の、少しでもお力になれたらいいなと思います。

ビジネスとしての「覚悟」

ネットビジネスは、様々な可能性を秘めたビジネスです。

私もネットビジネスのおかげで、
家族との時間も大切にしながら、
自分の自由に生きることが出来ています。

しかし、決して
「楽」が出来ているとは言いません。

「自由」な事と「楽」な事は違います。

ツールの販売前の追い込みや、
販売直後のサポートなども
テンテコマイになります。

でも、とっても楽しいですし、
いつ、新商品を販売するか?

という計画も全て自分たちの好きなように
スケジュールを立てることが出来ますから、

全くの「自由」です。

でも、ネットビジネスも、ビジネスはビジネスです。

始めるのであれば、それ相応の覚悟が必要です。

会社を辞めないとダメだとは言いませんが、

副業であっても、この「覚悟」というか、
「ビジネスとしての自覚」がなければ、

スタートしてもちょっとした失敗ですぐ挫折して止めてしまいます。

だから、稼ぐことが出来ないのです。
稼げるようになる前に、諦めて、止めてしまうんです。

今、こうして、
私のプロフィール(と言うか、生い立ちですね)を、
こんなに長いのに、ここまで読んでくれているあなたは、

おそらく、
少なからず「ネットビジネスで稼ぐ」ということに興味をお持ちなんだと思います。

もし、あなたが、

ネットビジネスをこれから始めるのであれば、とにかく、
諦めないでください!

稼げるようになるまで、諦めて投げ出さないでください。

「稼げるまで諦めない」

という覚悟が出来れば、
あなたはきっと稼げるようになります。

お互いがんばりましょう!

長文を最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。

sign

このページの先頭へ